休日の午後は何もしないためにあるよねって、少なくとも私はそう思ってる。非番でもああだのこうだの呼び出されることの多い立場上、朝から一度も公安から電話がかかってこなかった時点で今日はかなり運が良く、昼食を食べ終えてからは洗濯物を取り込んだこと以外、ろくなことをしていない。テレビでは昼の再放送が流れていて、何年か前に一度見たことがあるような気もするけれど、内容はほとんど覚えていなかった。
ソファに寝転がりながらぼんやり画面を眺める。その足元では、デンジくんが床に胡坐をかいて漫画を読んでいる。
何とも平和な光景。すてき!
こういう時間が好きだ。特別なことをするでもなく、行きたい場所があるでもなく、同じ部屋の中でそれぞれ好き勝手なことをしているだけの時間。
ページをめくる音がする。
そのたびに私はテレビから少しだけ視線を外してデンジくんの頭を見る。金色の髪は今日も好き勝手な方向に跳ねている。かわいい。とてもとてもかわいい。朝、一応は寝癖を直していたはずなのに、昼を過ぎる頃にはもうこの有様だ。前髪の一房が妙に長く垂れていて、それが読書の邪魔になるのか、ときどき鬱陶しそうに息を吹きかけている。
かわいい。私のかわいいたんぽぽちゃん。食べちゃおうかな……そんなことを頭の中で考えながら、またテレビに視線を戻した。
数分のクールダウン。そしてまた彼を見る。やっぱりかわいい。
本人に言ったら嫌がるだろうから黙っているけど、こうして何にも気を張っていない時のデンジくんは妙に幼く見えることがある。仕事中にはそれなりに精悍な顔をするようになったし、身体つきなんかはもうずいぶん立派になった。それでも漫画を読みながらぼんやり頬杖をついている横顔なんかを見ると、出会った頃から全然変わっていないように思える。
たまらなく好きだなあ、と思う。
そう思ったが最後だった。好きだなあ。好きだな。デンジくんのこと、本当に大好きだな。考えるほど増えていく。何なんだろう、これ。普段から好きなのに、どうして時々こんなふうに急激に好きになってしまうんだろう。自分でもよく分からない。分からないまま、ソファの端にじわじわと移動した。うんとこしょ、どっこいしょ。けれどもデンジくんは気付きません。漫画に夢中になっているというより、今日はちょっぴり眠たいみたい。その証拠に、ページをめくる間隔がどんどん長くなっている。
手を伸ばす。
すぐそこにある肩を、指先で少し触った。
「……何」
やっと気付いた。なんでもないよと答えると、デンジくんは怪訝そうに一度だけ振り返って、また漫画に目を落とした。そのちょっとそっけない態度がなんだか可愛くて、また胸がぎゅおっとする。だめだ。今日だめな日だ。かわいいかわいいかわいい。母性本能ギターソロ。私はそのままソファから上半身をずり落として、背後からデンジくんの肩に抱きついた。首元に顔を埋めると、洗剤と本人の体温が混じった匂いがする。
「おもた、な、なに」
「そんなに体重かけてないよ」
「首絞まってんだけど……」
「愛ですよ」
「愛で殺すなよぉ~……」
そう言いつつも、振り払われはしなかった。それが嬉しくて頬を肩口に押しつける。デンジくんはしばらく漫画を読み続けようとしていたけれど、首に腕を回した人間が背中にぶら下がっていては流石に集中できなかったらしい。数ページもしないうちに本を閉じ、諦めたようにテーブルへ置いた。
その瞬間、また嬉しくなる。邪魔をしちゃって申し訳ないとは思うけど、好きなものは好きなのだから仕方がない。
「デンジくん」
「ん」
「好き……」
「知ってる」
少しだけ顔を上げて、耳の後ろに唇をつける。すぐに肩を竦められたので、今度は頬にした。するとデンジくんが嫌そうに眉を寄せる。それでも逃げない。だからもう一回。頬とかこめかみとか顎のあたりとか、ちゅ、ちゅ、と自分でも馬鹿みたいだと思うくらい小さなキスを繰り返していたら、とうとうデンジくんが振り返る。
「な……ちょ、っと、今日キモくね?」
「え! ひどい! なんでそんなこと言うの!」
「いや、ずっとベタベタしてくんじゃん」
「好きなんだもん」
「そろそろ慣れろよぉ……しつけーって」
「無茶言わないでほしいなあ」
いつも好きだし、昨日も好きだった。多分明日も好きだろう。でも今日は今日で、なんだか特別に好き。なんでかな?寝ぐせがいつもよりたんぽぽっぽいからかな?
「今日はいっぱい好き」
「意味分かんねぇ」
その呆れ顔すら好き。何をしても好きなんだから、もうこれはどうしようもないものだとして受け取ってほしい。
そうしてふふふと笑っていたら、急に腕を掴まれた。何をするつもりなのかと考えるより先に強く引かれ、身体がソファからずり落ちる。慌てて足を踏ん張ったけれど間に合わず、そのままデンジくんの膝の上に落っこちる。
「わっ」
「いてっ、骨当たった……」
「自分で引っ張ったんでしょっ。私もお尻いた……」
文句を言いながら座り直す。向かい合わせになると、思ったより顔が近かった。至近距離から見たデンジくんは、やっぱりちょっと眠たそう。瞼が重そうで、目元がぼんやりしている。そのくせ腰にはしっかり腕が回っていて、それがまた嬉しい。なんだか今日は、ほんとうに、何でも嬉しい。
首に腕を回して、胸元に額をくっつける。さっきまでテレビの音ばかり聞こえていた耳に、今度は心臓の音が近く響いた。
「……幸せだなあ」
「何もしてねぇじゃん」
「それがいいんだよ」
悪魔もいない。血も出ない。誰も死なない。仕事の電話も鳴らない。明日のことも今は考えなくていい。ただ好きな人の膝に座って、抱きしめてもらっている。それってなにより素晴らしいでしょ。決して、当たり前のことではなくて。だからこういう時間が訪れるたびに、未だに少しだけ不思議な気持ちになる。
背中を、大きな手が一度だけ撫でる。嬉しくなって、もう少しだけ身体を寄せた。
* * *