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 昔から沈黙に耐えられない性質である。学生のころやって面白かったアルバイトについての話になり、各々「映画館のバイトが楽だった」「家事代行のバイトで同僚が逮捕されたことがある」などという他愛もない話で盛り上がる中、デンジくんだけが取り残された様子で黙りこくっているのでなんだか申し訳なくなって隣に座った。


「ごめんね。大人の話つまんないね」

「別に。ガキ扱いすんなよ」

「そお? でもむすっとした顔してたよ」


 私が笑うとデンジくんはむすっとした顔を隠しもしないでそっぽを向くのでこういうところがまだまだ子供らしくてかわいいなと思う。


 考えればデンジくんはデビルハンター以外の仕事をしたことがないわけで、これは大変勝手な感覚だがそれは可哀想なことだなあと思った。かくいう私も学生のころ渋谷のちょっとした焼き鳥さんで働いていたことがあり、そこでの思い出は学校の部活にも並ぶ青春だった。


「焼き鳥やさんでアルバイトするとね、まかないで廃棄の焼き鳥食べ放題なんだよ」

「へー、それはなんかいーな、食費浮きそう」

「うん。でも、酔っぱらいの相手もしなきゃだから、ちょっと大変なところもあるけど」


 でもデンジくんなら酔っぱらいに負けないから大丈夫だね。と言ってからすぐ、当時の私が同じ居酒屋バイトの男の子と付き合っていたことを思い出した。デンジくんとは違って染めた金髪の大学生で、よく酔っぱらいから私を庇ってくれていた。


「どしたの」

「あ、や……なんかやなこと思い出して」

「ふぅん?」


 別にカレとは悪い別れ方をしたわけではなかったと思うが、とっさに嫌な思い出だと口にした理由が自分でもよく分からない。


 それから私の働いていた焼き鳥屋さんに行ってみようという話になり、二人で切符を買って渋谷に向かったが店はつぶれていた。渋谷は激戦区だからしかたないねと私が言うと、デンジくんは


「どんな店で働いてたか知りたかった」


 と拗ねた顔でいう。不幸中の幸いと言うべきか、跡地に建ったイタリアンバルは焼き鳥屋の居抜きといった雰囲気だったので「まあだいたいこんなもんだったよ」と誤魔化して二人で中に入った。


 ちょび髭のサーファー風の店主が出すピザは具がこまごまとしていて、妙にこじゃれた味をしていて、美味しいかと言われたらそうなのかも?と答えてしまうような感じだった。デンジくんは特に気にしていなさそうだが、彼の舌はあまりあてにならない。そんなことよりも店主とやたら距離感の近いギャル風のアルバイトが気になる様子で、それが気に障ったので彼の分のピザに思い切りタバスコをかけてやった。


「おい! なにすんだよ!」

「ギャルのことばっか見てるからだよ」

「見てねぇよ! あーあー……」


 デンジくんはピザを振って一生懸命タバスコを振り落そうとしている。お行儀がわるい。


「見てたよ。私と一緒にご飯食べに来てるのに、あの子ばっかり見てる」

「███のことだって見てるよ」

「でも私以外も見てるのはほんとじゃん」

「しかたねーだろ店員なんだから!」

「開き直った!」


 そこでデンジくんが黙り込み、私もかける追い打ちがなくなったので黙って飲み物を飲んだ。一丁前にワイングラスにいれられたぶどうジュースは、矢鱈に子供っぽい味がする。


 そんなことがあった翌週に道端でばったり当時の彼氏と再会した。あちらは流石に金髪頭を辞め今は爽やかな刈込の入った黒髪になっていて、当然だが人は変わるものだなあと思う。


「今は何してんの。公安でデビルハンターしてるってマジ?」

「あ、うん、あんまり成績はよくないけど」

「でも試験突破出来ただけすごいじゃん、知り合いに聞いたら難しいって聞いたよ」

「たまたまだよ」

「っはは、そうやって自分を卑下するところ全然変わってない」

「そうかなあ」


 このあたりで別れたいと思ったがあちらはまだ話し足りないようで「そういえば」と言葉を続けられる。


「あの焼き鳥屋、今イタリアンになったって知ってる?」

「あ、うん。このまえ職場の子と二人で行ったよ」

「あそう……へえ~どうだった? 良かった?」

「なんか、創作バルって感じで、難しくて良く分からなかった」

「ふはっ、なにそれ。……え、あのさ、よかったらこの後飯でもどう?」

「や……どうだろう」

「じゃあ連絡先だけでも」

「あ、うん……」


 あからさまに脈がないことを態度で示しているつもりなのだがあちらには伝わらないものだろうか。電話番号を交換したもののそれを電話帳に登録する気にはなれず、曖昧に良い顔をしておきながらさっとその場を去った。こういう時姫野先輩なら明るい調子ではっきり拒絶を伝えられるのかなあと思うと自分の優柔不断な八方美人ぶりが嫌になる。


 私は当時彼のどこに惚れたのだろうと思い返してみる。悪い人ではないはずだがいまいち印象が薄かった。よっぱらいに絡まれた私を助けてくれて、優しくしてくれて、デートにも連れて行ってくれて……ええと。文字にするとそれらしく聞こえるようなエピソードは色々出てくるがそのどれもが精彩に欠けており、色々考えた末に「そもそもあちらに押し切られるような形で付き合ったんだった」ということを思い出して腑に落ちた。好きで付き合ったわけではないのだから記憶も薄いはずだ。


 であれば、私はデンジくんのどこが好きなのだろう。


 この前はなんとなくの流れでイタリアンで食事をしたけれど、それはそれとして一度は焼き鳥の口になっていたので、またデンジくんを誘って今度は新宿の焼き鳥屋さんに行った。午後7時の焼き鳥屋さんは店内が仕事終わりのサラリーマンとむさくるしい男の店員であふれていて、今度はつまらない嫉妬をすることもなさそうだと安堵する。


「私はね、意外とハツが好きだよ」

「ハツ。何の肉?」

「えっと、確か心臓かな」

「ほーん。……え、これ、エンガワってマジのエンガワ?」

「や、確か胃の外側の部分……だったはず」

「へー。流石に詳しいな」


 うろ覚えの知識ではあるが褒められたことが嬉しくてついへらへら締まりなく笑った。ここのお店は見たことのない部位の焼き鳥が多い。「かんむり」やら「ちょうちん」やら普通は食べないような部位の焼き鳥をゲテモノ食いのような感覚ではしゃぎながら食べるのは楽しかった。私が流石に嫌だなあと思って食べなかった鶏の白子をデンジくんは平気な顔して食べているので、そういうところがかわいいなと思った。別に大食いの男の子が好きということもないのだが。


「え、あれ、███?」


 5本目の焼き鳥を串にいれてもうそろそろお腹いっぱいだなあと思ってる最中、唐突に後ろから声をかけられたので驚く。振り返ると先日の元カレが立っていて、やましいことはないはずなのに気まずかった。


「あ……奇遇だね」

「お、う……。……そちらさんは? 仕事の後輩?」

「あ、うん」

「彼氏だけど」

「わ! えと、うん、そうです、彼氏……です」


 当然のことではあるが真正面に断言されると妙に恥ずかしかった。途端に元カレの顔色が変わる。先日しつこく連絡先を聞いてきたのは、案の定復縁かワンチャン狙いだったのだろう。


「あ……い、いたんだ、彼氏……」

「う、ん……」

「てか誰だよお前。███の誰」

「ちょ、デンジくん……えっと」

「元カレだけど。学生の時の」

「は?」

「あっ、あっ」

「へー相変わらず金髪と付き合ってんの。金髪好きすぎじゃね? ……え、てかそもそもこいつ昔の俺に似てね? 焼き鳥屋来てるし。俺のこと思い出しちゃった?」


 脈が無いと確定した瞬間にこうか。最低だ。先ほどとは違う意味合いで頭に血が上る。「死ね!」と顔面を殴りたくなったが周りに人が居るしデンジくんも見ているのでそれも難しい。


 私も嫌味のひとつくらい言ってやろうと思ったがとっさにはいい言葉が出て来なくて、口をもごもごさせているうちに元カレは連れに呼ばれて姿を消した。恐る恐るデンジくんの顔を見ると苛立った様子で頬杖をついていて、なんだか居た堪れない。


 帰り道でも相変わらずデンジくんは不機嫌だ。


「仕切り直すつもりで焼き鳥屋さんきたのに、なんか、また嫌な感じになっちゃったね。ごめんね」

「……別に、あんたが謝ることじゃない」

「でもデンジくん拗ねてるじゃん」

「拗ねてねーし!」

「えーほんとー?」


 尖らせた唇を指でつんつんしたら「たれくせぇ」と言われたので自分でも匂いを嗅いでみる。たしかに焼き鳥屋さんのたれの匂いがした。


「デンジくんもきっとくさいよ」

「オレは塩食ってたからそうでもねえし」

「そんなことないよ、あの空間にいたんだし絶対くさくなってるよ」

「そーかァ?」


 確認するように自分の手を嗅ぎ始めたデンジくんに「私にも嗅がせて」と顔を近づけた。案の定指を差し出してくるので、隙ありとばかりにそれに噛みつく。


「あっ! やめろ! イテェだろ!」

「ひゃひゃ~」

「何言ってるかわかんねぇよ!」

「ひぇっひぇっひぇ」


 すっかり毒気を抜かれたデンジくんをみて嬉しくなった。


「だけど嬉しかった。彼氏って言ってくれて」

「はあ? なんでそれが嬉しいんだよ」

「分かんないけど。……ねえ、今日楽しかったからさ、今度ふたりでゲテモノやさん行ってみようよ」

「えぇ~……ヤだよ。興味本位で好き放題頼む癖に自分で食べないで俺に食わせてくんだろ」

「いいじゃん別に。すきでしょ?」

「よかねーよ! 好きでもね~し!」

「でも私、変なもの食べてる時のデンジくんが好き」


 私が残したものを全部食べてくれるところも。思い返してみたら、歴代の彼氏は好き嫌いが多いひとばかりだった。


「ねえデンジくん、ちゅうして」

「え、は? ここで?」

「うん。やだ?」

「やじゃねぇけど……」


 人目を気にしながらも恐る恐るキスをされて、ああわたしは今この人のものなんだなあと実感して嬉しくなる。


 昔から沈黙に耐えられない性質である。さほど仲がいいという訳でもない早川くんと二人きりになったが話題に困り、つい口から出たのは「ゲテモノ料理のおみせ、しらない?」だった。あの日軽く誘ったはいいもののその後存外ゲテモノ料理を出しているお店が見つからず、そのせいでというべきかは分からないがデンジくんと二人で食事に行く機会がめっきり減ってしまっている。


「は? ゲテモノ?」

「うん。デンジくんと行きたいんだけど、なんかないかなって」

「またデンジに変なもの食べさせようとしてるのか」

「またって?」


 心当たりがなかったので聞き返すと、以前皆で居酒屋に行ったときにデンジくんに魚の目玉を食べさせたことのことを言っているらしい。


「別にそんなの日常茶飯事だよ?」

「お前、デンジのことをどういう風にしたいんだ……」

「だって、食べてくれるから。面白いんだもん」

「そのうち愛想つかされなきゃいいな」

「……んー」


 なんて意地悪なことを言うんだろう、とは思ったものの、しかし一方で時間が経つにつれてアキくんの言うことももっともらしいような気がして来る。


 だけど私はやっぱり、デンジくんが変なものを食べている所を見るのが好きなのだ。


 雑貨屋さんで買ってきた生々しい指の形をしたチョコレートをデンジくんに食べさせながら、私はどんな男の子がタイプなんだろうとぼんやり考えた。あの焼き鳥屋の元カレに限らず、歴代の恋人は皆押されて付き合うような形での交際が多かった気がする。デンジくんだけが、特例だった。それはどうして。


 デンジくんの尖った歯が人の形をしたチョコレートに突き刺さるのをじっと見ていた。きれいな歯。かわいい。あの歯で私の指も噛みちぎってくれたら、どれだけ嬉しいだろう。

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