午前中に殺した悪魔関連の書類仕事を片付けるためにお昼ご飯のカップうどんを食べながら本部の中をばたばた走り回っていると、ふいに壁向こうから血まみれのデンジくんが現れたので転びそうになった。
「あち、あちちっ……汁こぼしちゃった」
「おわ、わりぃ! やけどしなかった?」
「や、こんなもの食べながら走ってる私の方が悪いよ、平気平気。そっちは……すごいね、何か殺してきたの?」
「ん、まあ。本部にいるってことは副隊長も?」
「うん。えっとねえ、あんこの悪魔殺してきた!」
「ほーん。なんか奇遇だな、こっちは餅の悪魔だった」
「ほええ、強そう」
おもちってそこそこ怖い感じしてるし。けれどデンジくんは余裕そうに「弱かったぜ!」と笑って、見ると確かに彼のスーツはどこも破れていないので、事実圧勝だったのだろう。
「なんにしても、お疲れ様。私はこれ食べて他部署のチェック終わったら見回り戻るところだから……デンジくんも書類仕事頑張ってね」
「おー……」
「……?」
生返事の理由を少し考えて、デンジくんの視線が私のカップうどんに向かっていることに気が付いた途端、胸の中がぶわ、っとあたたかくなった。
「ふふ、ちょっとおうどん食べる?」
「え、いいの!? 食う!」
「あはは、分かりやすくてかわいい子」
食べさしのお箸でおあげを摘まんで差し出すと、デンジくんは器用に歯を使ってお箸に肌が触れないようにしておあげを持っていく。べつに口がついてもいいんだけどなあと思いつつ、「うまっ!」と歯を見せて笑ったデンジくんの笑顔があまりにも太陽のようで、間接キスなんて邪なことを考えていた自分が恥ずかしくなった。
悪魔は現世で死ぬと地獄に転生して、地獄で死ぬと今度は現世に転生してくるらしい。であれば示し合わせたように同日にあらわれたあんこの悪魔と餅の悪魔は、もしかしたら地獄で心中をしたのかもしれないなあと馬鹿なことを考えた。なんて、たまたま殺された日が同日だというだけで、実際はお互い見ず知らずという確率の方が高そうだけど。
でももし仮にそうだったとしたら、折角心中に成功したのに再会すらさせないまま殺してしまったことは、果たして彼らにとって良い事だったのか、悪い事だったのか。
映画やドラマなんかでもよく、うつくしい顔の役者が「あの人の為なら死んでもいい」「あなたとなら死んでもいい」なんて悲壮な顔で口にするところを目の当たりにする。
しかし死んで”もいい”なんてのはそもそも生きることになんらかの希望や美しさを見出している人間だからこそ重く感じる言葉なのであって、少なくとも私のようにずっとずっと死に場所を探している人間にとっては、愛する人に身を捧げた上で死ぬことも出来るのなら、なんて幸福な最期なのだろうと感じられてしまうのだ。
実際、私はこれまでの恋人に対してたびたびそんな風に接してきたし、バディを悪魔から庇って死のうとしたことも、一度や二度ではない。
運がいいのか悪いのか、結果的にはこうして今日まで生き延びてしまっているけど。
ところがことデンジくんに関しては彼を残して死んでしまうことが凄く悲しいことのように感じられて、彼の顔を見ていると、明日までどうにか頑張って生き延びようと思わされる。
これまでの恋人を「この人の為なら死んでもいいと思える人」とするなら、
デンジくんは私にとっての、「この人の為なら永遠に生きてもいいと思える人」だった。
私がそんな考え方をするのはきっとはじめてのことで、それはデンジくんが私よりずっとずっと年下であることが関係しているのか、それともデンジくんの太陽みたいな明るさが人を自然とそうさせるのか、解明できない。
「ね、デンジくん。明後日さ、よかったらアキくんとパワーちゃんと四人で焼き肉いこうよ」
本当は今日明日にも誘いたかったけど、そうすると献立を考えているアキくんを困らせてしまうことを、私はよく知っている。
「んあ……んな金ねぇよ俺」
「何言ってんの、もちろん私のおごですよ。伊達に役職手当はもらってないからね」
「うぇ、マジ!? なら行く!」
「あはは、じゃあアキくんにも話は付けておくから」
「おう!」
ただデンジくんが笑うとうれしくて、もっともっと沢山笑ってほしいなあと思う。その為ならなんだって差し出したいし、どんなことだってしたい。
私にとってデンジくんが太陽のような男の子であるということはつまり、みんなにとってもデンジくんは太陽のような男の子であるということで、時折それがひどく疎ましい。
デンジくんとパワーちゃんが良いお肉にはしゃぐ様子を見てアキくんが分かりにくいけれど嬉しそうにしていて、きっとアキくんにも私とおなじなんだろうなあと思って、でも彼は私なんかよりもずっとずっとデンジくんとの距離が近いことを考えたらすごく気分が沈んだ。
焼肉屋さんからの帰り道、アキくんが欲張って食べ過ぎて調子を崩したパワーちゃんをつれてコンビニに行っている間、私とデンジくんは公園のベンチに並んで座る。
「肉、美味かった。今日はありがと」
「いえいえ。よかったらまた誘われてね」
「うん、ぜって~またついてくる」
「あはは、うれし」
なんて朗らかに笑っては見せるけど、その実心中はずっとアキくんやパワーちゃんのことでざわざわしっぱなしで、そんな自分がまた嫌で、必要もないのに泣きたい。
「あのさ、デンジくん」
「ん、なに?」
「ちょっと聞きたいんだけどね」
少しだけ言葉に詰まる。
「デンジくんはさ、私が死んじゃったら、悲しい?」
なんて。意味のないこと。でもデンジくんは少し大真面目な顔をして、数秒考えてから
「ん~……流石にちょっとは凹むかもしんねぇ」
と笑う。
「そっかあ。じゃあデンジくんを凹ませないためにも、頑張って生き残らないとね」
「おう。生きて、また俺に飯奢ってくれよ」
「あはは! うん、いいよ。今度はしゃぶしゃぶに行こうね」
今後を生きる理由が出来てしまったことがほっとするのに悲しくて、デンジくんが私の為に凹んでくれるかもしれないのが嬉しいのに、「それだけ?」と思ってしまうわたしも居て、それは私だけではなく皆に対してそうなのだから諦めろと思うわたしも現れて、皆が皆わたしがわたしがと殴り合いをするから、頭の中がずっと忙しい。
「……ね、デンジくん」
いま喋っているのは、どのわたしなんだろう。分からないまま、私の唇を通しで誰かがしゃべり始める。
「どうしたら、私はデンジくんをもっと喜ばせられるのかな」
「は? なんで、何急に……」
「なんででも。教えてよ」
「えー……んー……いや、分かんねぇ……飯食わせてもらって、優しくされてる時点で十分嬉しいし……」
「それは知ってるよ。ほかにもっとこう、ないのかな。私にもできること」
「ええ~……急に言われても分かんねぇよ」
「私がデンジくんにキスしたら、デンジくんは、うれしい?」
そう口にした途端、先程まで自己主張をして止まなかった私のなかのわたしたちが、一斉に口を噤んでデンジくんを見つめた。
「そ、そりゃ、うれしい、けど、でも……」
「……あのね、私はデンジくんが好きだよ」
「……う!?」
「好きだからご飯に誘うし、あれこれ構うんだよ」
「……、っ、すか」
デンジくんは随分困った様子で、どうして急にそんなことを言うのだろうと聞きたそうな顔をしているし、私自身もどうして今、こんなことを言ってしまったのか分からない。
「だから」
ともかく冷静ではないことだけは確かで、もう黙った方がいいと思うのに、唇が動いて止まらない。
「だから、私がうれしいから、キスしても、いい?」
デンジくんの睫毛は金色できらきらしていて、あたたかくて、この光や熱を捕まえて隠せてしまえるのならどれだけ火傷を負ったって構わないと思えた。けれどデンジくんはやっぱり太陽で、だから私ごときに覆い隠せる訳もなくて、唇を離した途端にまた「みんなのデンジくん」に戻ってしまう。
いっそデンジくんを理由にして、イカロスのように墜落してしまえたらいいのに。
そう思えども彼のまばゆさはそれさえ許してくれず、それが泣きたいくらいに悔しい。