「ん、ほれへ、ほんときさ……」
「こら、食べもの口に入れて喋らないの。……まあ、食べ物じゃないけど」
「んん」
インテリアが多少華やかな方が遊びに来た時にデンジくんも喜ぶかなあと思って買ってきたスイセンの花を、デンジくん本人がもしゃもしゃ食べている所を見ている。こんなことなら同じ冬の花でも食べやすいように菜の花にすればよかったかなぁ、なんて、なんで私がそんなこと配慮してるんだろう?
「……ね、美味しい? お花」
「ん、食えなかねーって感じ」
「それって美味しくないって意味じゃん! もお、いっつも美味しい物食べさせてあげてるのに、なんで今更お花なんて食べるかなぁ」
「それとこれとは話が別なんだよ」
「ほー……」
どう別なのか分からないけど、別らしい。むしゃむしゃ無言で食べている彼を見習って私も花弁をちぎって食べてみたけれど、微妙な感じだ。舌触りは悪くない……が、まずい。外国のよく分からない謎の野菜を食べてるみたいな気持ち。いや、花なんだけどさ。
「全然美味しくない。よく食べられるね?」
「別に食えんだろ、これくらい。腐ってねーし。食えねー方が軟弱なんだよ」
「そうかなぁ」
「そーだろ」
そうまで言われるとデンジくんがどこまで食べられるか確かめてみたくなる。
「それなら、ちょっと待っててよ」
そう言い残してベランダへと出る。冷たい空気に一瞬身が竦んだけれど、目当てのものはすぐそこにあった。ピンク色の花をうつむき加減に咲かせたシクラメンの鉢植えだ。よいしょ、と抱えてリビングに戻り、テーブルの上にドンと置く。
そしておもむろに、茎の根元から指でプチリと花を一本もぎ取って、彼の口元へと差し出した。
「食べて」
「んあ……いーのかよ、もいじまって」
「いいの。花がら摘みって言って、枯れそうな枝はもぎった方がいい植物なんだ、これ」
嘘ではない。まあ、今摘んだのは枯れる前の元気なやつだけれども。
「ほーん。んじゃ遠慮なく」
パク。デンジくんは疑うこともなく、私の指先ごと花を咥え込んだ。次から次へと差し出される花を、彼は文句も言わずに平らげていく。茎のシャキシャキした音と、花弁がすり潰される音が交互に響く。
ああ、あれだな。動物園のふれあいコーナーとかにある、ヤギの餌やり体験みたい。彼の唾液でほんのり濡れた指先を自分でもそっとなめてみた。土の味がする。やっぱり美味しくはない。
「美味しい?」
「食えなかねぇ」
「あ、やっぱりまずいんだ」
それでもはっきり美味しくないと口にしないところが彼らしい。
結局、あんなに華やかだったシクラメンは、ほとんど丸坊主になるまでデンジくんの胃袋へと消えていった。わずかばかりの葉っぱが残った哀れな鉢植えと、満足げに口の周りを舐めるデンジくんを見比べて、ふと口角が上がる。
「……かわいい」
ニコニコと笑うと、デンジくんは「ハァ?」と心底不思議そうな顔をした。そういうところもかわいいよ、本当に。
「デンジくんは腐ってなければなんでも食べられるんだねぇ」
「おーよ。栄養んなるならな」
「ふむふむ。じゃあ、これは食べられるかな」
「だからなんでも食えるって」
「んふふ……」
鉢植えに残った最後の緑、ハートの形をした葉っぱを一枚プチリとちぎった。それをデンジくんに手渡す……わけじゃなく。ぺろりと舌を出す。赤い粘膜の上に深緑の葉を乗せた。唾液で濡れて、吸い付くように私の舌と一体化する。
「……たべれう?」
上目遣いで挑発してあげる。
さあ、どうするデンジくん。これもお皿に乗った料理に見えるかな。それとも。デンジくんの喉仏がゴクリと上下したのが見えた。野生動物が獲物を前にした時の目だ。
「いー、ん、すか、それ、そのまま食べて」
「ん」
迷いなんて一瞬だ。デンジくんが顔を寄せる。私の吐息と彼の吐息が混ざり合う距離。
「……んじゃ、いただきます」
あは、それってどっちの意味なの。そんな言葉は重なった唇と共に彼の喉の奥に消えた。